結婚したい女の言い訳

彼女の言う条件の一つ一つについては、私も納得できないわけではない。しかし、条件を一つ出すたびに、色紙を半分に切っていくことになる。2分のーから4分の1、4分のーから8分のlと、どんどん色紙を切っていくうちに、最後はピンセットでつままねば取れない金箔の小片になってしまう。

費沢は言わないというが、無条件に結婚することは不可能なのである。「ねえ、今、何分のーになった?」「覚えてない」「確率論的にはいないことになるよ、そういう人」「そうかなあ。読書好きの実直な地方公務員の人とか、いない?」「東京お区近辺に?確率からいうといないことになる。独立行政法人なんとか機構の研究員とかだったら、セックスレスでもいい?」「絶対に、いでしょ」

女性が結婚する最大の理由は子どもを産むことにある。しかし、条件に適う相手が奇跡のように存在したとして、先方にも条件があるだろう。却代の男性は、初代後半とか初代前半の女性を希望する。

女性が40代なら、後半とかまで、条件を下げなければならない。「私、老後の世話をするために結婚するんじゃないよ」子どもは作れないと困る。そこは譲れない。何のために結婚するのか分からな男性は別代「そりゃそうだ」「もし印代だとしたら、子どもが成人する時には、父親が初代でしょう」「幼稚園の運動会のパパの競技に、なぜおじいさんが出ているのかと言われるよね」

この場合、彼女の条件が費沢であると批判することが、私にはできない。一つ一つは普通でも、全部合わせると普通ではないという不思議なことが世の中にはあるのである。彼女の部屋は「美しい部屋」のグラビアのように美しいし、料理の腕はプロ級である。結婚生活を送る能力や技量はすべて揃っているのに、たった一つ、本気で結婚したいという気持ちだけが起こらない。「結婚したいというのは、本気じゃないでしょう?」

世の中には、結婚制度を自明視して何の疑いもなく結婚していく人がいる。そういう人は、条件のうちの何かを最初から諦めている。諦めているから、現実の結婚ができるのである。本気で結婚したければ、妥協すればいいのである。条件を云々している聞は、結婚はできない。そう思う根拠になるような出来事があった。

以前から、羽代前半のある男性から「結婚したいんですが、誰か紹介していただけませんか?」と言われていた。私の教え子の高校時代の同級生が東京に遊びに来た時である。初代後半の彼女も「結婚がしたい。子どもがほしい」と前から訴えていた。

「そうだ、あの彼がいる」と、携帯に連絡してみたのだった。「今、外苑束通りにいます。すぐにタクシーで行きます」日分後に彼は庖に到着し、同級生の二人の女性が並んで座っている向かいの席に腰を掛けた。いつものように髪には寝癖がついている。

「はじめまして」と、二人の女性が彼と挨拶を交わした。目の前にいる同い年の二人のどちらが自分に紹介された相手なのか、その時点で彼はまだ知らないはずである。が、彼は正しい方の相手を真つ直ぐに見て、自分の仕事内容と給与、そして住所、実家のある場所、家族構成、大学での専攻などをすらすらと話し始めた。

相手が結婚に対して本気なのかどうか、人間にはすぐに分かるものである。目の前に二人の女性がいるが、一人は自分に向かって心を聞いている。真剣さが伝わってくる。そんなことは、互いに瞬時に分かることなのだ。

「釣書」の内容に必要なことを適確に話す彼は、普段は雄弁な人でも流暢な人でもなく、むしろ控え目で前々としたどちらかというと不器用な人である。彼女もまた家族のことや生い立ちを語った。それは、相手を自分の配偶者として選ぶという前提のもとである。

自分を包み隠すことのない率直さのために、友好的で温かい雰囲気の中で、結婚は却分以内に決まった。恋愛ではなく、結婚というのはこういう風にも成立するものなのだ。結婚を本気で必要とするなら、人はこのように結婚をしていく。結婚は運命ではなく、決断である。彼はタクシーの中で、今から会う人を選ぶことを心に決めてきたのだと思う。今は2児の父である。

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